ゆとりごと

ゆとりの団子が綴るグルメと旅行と趣味のブログ

中央大学が都心に看板学部を移すけど、そりゃあ郊外よりも都心で4年間を過ごしたいよねって話

スポンサーリンク

 どうも、白玉だんごです。

www.huffingtonpost.jp

 先日中央大学が看板学部である法学部を多摩キャンパスから後楽園キャンパスに移すというニュースが出ていましたね。まあそうなるんじゃないかという噂は前々から出ていたので「やっぱりか」というような感じでしたが、実は郊外から都心へキャンパスを移すというのは中央大学の他にもいろんな大学がやっています。

 

 そういうわけで大学の都心回帰について書いてみます。

 

そもそも郊外に大学が設置された理由

 大学キャンパスの郊外移転が進んだのは高度成長期のことです。都市部で1500平方メートル以上の床面積を持つ工場や大学の新設や増設を禁止する「工場等制限法」が1954年に首都圏で、1964年に関西圏で制定されました。これによって大学は都心部にキャンパスの新設・拡張ができなくなったのですが、当時は大学進学率が急激に増加している最中で、大学としてはキャンパスが狭いために学生を逃してしまうのは大変惜しいことです。なので学生確保のためにキャンパスの新設が可能な郊外にキャンパスを建てよう!となって郊外に大学が急激に増えていくのです。

 

 ただ、中央大学の場合は他の理由でキャンパスを郊外に移しました。中央大学は元々駿河台に校舎がありました。しかし学生運動時に学生が駿河台の校舎を占拠してしまいまともに講義とか試験が実施できない状況になってしまったのです。そのため文学部が1969年に中央大が大学設置基準(学生一人あたり○○平方メートル必要等の定めがある)を満たすために所有していた多摩校地にプレハブの仮設校舎を建てて、そこで講義を始めたのです。その後本部機能や学部を多摩へ移設し、後楽園に理系学部と夜間学部を設置、そして駿河台の敷地は売却となったのです。学生運動の影響で多摩に移設したわけです。

 

 ちなみに工場等制限法ですが、規制緩和の一環で2002年に撤廃されました。

 

都心と郊外ならどちらを選ぶか

 高度経済成長期は郊外にキャンパスを構えていても十分に学生を獲得できました。しかしそれから40年以上経った今、少子化の影響で受験者数が減り学生の確保が難しくなってきました。

 

 というのも、郊外だと不便だからです。

  • アルバイト先が少ない
  • 遊ぶところがない
  • 都心部と比較すると情報量が違う
  • 電車通学しづらい
  • 他大学との交流が少ない
  • 教員が都心の大学に取られる

 他にももっとありますが、とにかく都心と比較すると郊外は不便です。受験生も当然便利な方を選びます。大学にブランドはありますが、同レベルの大学に受かったとして都心か郊外かどちらを選ぶかとなった時に、郊外を選ぶ人は少ないでしょう。郊外にあるというだけで魅力が落ちてしまうのです。

 

 そして中央大学は都心にキャンパスを構える明治大学等に受験者の多くを奪われ、学生の確保に苦労することになります。まあ受からなかった人もいるんですがね(白目)

 

都心回帰の効果

 今ごろ都心回帰って意味あるのかよと思う方も見えるかもしれませんが、大いにあると思いますよ。それも中央大学ほどのブランドがある大学であれば絶大な効果が得られるはずです。

 

 例えば愛知県に名古屋学院大学という大学があります。元々瀬戸市にキャンパスを構えていましたが、名古屋市にキャンパスを移したところ、それまでの志願者が約2000人だったのに対して移設後は志願者が約4000人となんと倍増したのです。名古屋学院大学は正直名古屋市内でもネームバリューは高くない大学なのですが、それでも志願者が倍増したのです。ネームバリューの高い中央大学ならどうなるのでしょうか。倍増は難しいかもしれませんが確実に増えるでしょう。

 

 

 

 

 さて、大学の都心回帰について書いてみました。

 

 大学もいろいろありますが、個人的にはやはり都心の大学に行ったほうがいいなあと思います。都心のほうがたくさんの人に会えますし、様々な経験があってすごく刺激的です。

 

 しかし都心回帰がすすむと郊外が弱くなっていきます。私立大学はもはやビジネスで学生の確保こそが最大の稼ぎであるため志願者を増やすためにベストを尽くすべきなのでしょうが、そこにずっとあったものが他の地に移っていくのは寂しいものです。やるにしても全面的にやるのではなくてバランスを大切にしてほしいなと思っています。